2011年5月29日日曜日

第3回 聖徳中学校同窓会(昭和33年卒業生)

  第3回聖徳中学校の同窓会(昭和33年度卒業生)は66名が参加し、また恩師5名も臨席賜り、八日市東本町の料亭「大喜」にて盛大に行われました。   10年ぶりの同窓会、大いに話が弾み12時から16時までの4時間はあっという間に過ぎ、名残惜しいなか解散となりました。 楽しい一日を過ごすことができ、幹事の皆様ありがとうございました。  次回開催は5年後、今から待ち遠しい思いです。皆さんお元気で! See you again !


   動画

2011年5月23日月曜日

第11回よい子の会(大阪編)



平成22年5月22日(日)、同期入社17名が本店のある大阪に集まりました。
永年勤続32年表彰が本店で挙行された時に同期入社の土木職の同窓会を、毎年1回各支店のもちまわりで開くこととなり、今回で11回目となります。
私は退職して8年目、久しぶりの再会と地元大阪での開催ということで参加さしていただきました。

 大阪駅中央改札口に10時45分に集合し、タクシーで天満天神「繁昌亭」に行き、上方落語を楽しみました(13時~16時過ぎ)参加者10名。

 その後、鶴橋にある「鶴一本店」(焼肉)に移動、焼き肉とお酒を酌み交わしながらの近況報告です。ざわつく店内で大声を出しての熱弁もどこまで聞こえたか?・・・   宴会に15名参加(18:00~20:00)。


その後、宿泊組はKKRホテル大阪に移動、宿泊組と有志による2次会、この「よい子の会」の継続について話し合いましたが、その話の詳細は例によって飲みすぎて一晩寝て記憶になくなっています。



 よく日の23日はあいにくの雨模様、ゴルフ組(大宝塚ゴルフクラブ)と観光組(なにわ探検クルーズ)に分かれての行動です。
 早朝7:00にバイキング形式の朝食です。ここから眺める大坂城のパノラマは圧巻です。(KKRホテルレストラン12F)





 私は観光組で幹事役の黒瀬さんに案内していただきました。
 大阪城内を1時間ほど散策、石垣の巨石(36畳敷)改装なった天守閣をみてユニバーサルシティー駅に地下鉄で移動しました。




「なにわ探検クルーズ」発着場ユニバーサルシティーボート 10時発、所要時間90分
  安治川→堂島川→(中之島)(天神橋)→東横堀川→(道頓堀)→湊町船着場



落語家の桂きん太郎さんの楽しい案内で「水の都・大阪の昔と今と末来を結ぶ歴史めぐり、橋めぐり」でした。
観光組はJR難波駅12時前に解散、帰路につきました。

2011年5月22日日曜日

四国・香川、愛媛の旅(トルコ同窓会)



格安ツアー「トルコ旅行」で知り合った5組の夫婦による2泊3日の「四国・香川・愛媛を訪ねて」のスナップ写真です。
★平成23年5月17日(火)
 大津~神戸淡路自動車道~栗林公園・琴平金毘羅宮
★平成23年5月18日(水)
 善通寺~大洲(臥竜山荘)・内子町(和ろうそく)~松山
★平成23年5月19日(木)
 松山城・伊丹十三記念館・砥部焼~瀬戸中央自動車道~大津

2011年5月16日月曜日

比叡山麓の春の自然をたずねて


おやじのたまり場では平成23年度「大津市のパワーアップ応援事業」に参画し、「街道ウォークで大津の街を再発見」をテーマにこの秋に3コースのウォーキングを企画をしています。
その中のコースに延暦寺をたずねるコースがおり、千日回峰とゆかりのある無動寺谷を調べたいとおもっていました。丁度そのおり、広報おおつ(5月1日号)で市公園緑地協会企画の今回の催しを知り、参加させていただきました。
絶好の日和、専門の4名の先生方の説明を聞きながら比叡山麓の自然観察を満喫してきました。

☆「街道ウォークで大津の街を再発見」のCコース下調べ参考資料をかねて以下にまとめました。
使用したカメラはジオタグ対応でなく大乗院~県道仰木・大津への経路は不明ですが、よく整備されたトレイでした。

★マップ
★動画


2011年5月4日水曜日

おやじのたまり場・定例サロン101回記念

本日の研修は会員の山形さんご紹介の渡辺 文夫様を講師におむかえする。
 テーマ「大津絵踊と遊里」           

 
   
貴重な写真を映像を見ながら説明していただく。
東の吉原、大津の柴屋町といわれるように有名だったとのこと。
興味ある内容であっという間に時間が過ぎていく。(1時間30分)
先生は滋賀銀行のOBで仲間の数名のかたが同席されました。


 
    
 定例サロンはそのあと、パワーアップ支援事業の活動グループ(5班)に分かれて打ち合わせを行いました。


 

ウエブで柴屋町は俗名で当時は上馬場、下馬場町と知る。
この周辺は三井寺から日赤への通いによく歩た道。たしかに昔の面影が今に残す。
 幼少のころに八日市の新地に育ったわたし、まぶたに残るは遊女の姿。